[2019/03/03]

リーガル・ハイ [INTP]

シリーズ全体を通して言えるのは、 TiとFeがこのドラマの主軸にあるということだ。 Fe的な現実や問題について、 Tiによって看破したり解決に導いたりするというのがドラマのベースに存在している。 そのプロセスにおいて多面的なものの見方を重視(Ne)しているという点を踏まえてINTPであると判定した。 当然だがFeが劣等機能なので、 作中においてFe的な人物・物事・発言等の多くが否定的に描かれている。
 というわけで、 今回は第1期とスペシャルドラマ(2013年)を参照しながら作品のタイプについて解説していきたい。

- 第1話 -

電車で席を譲らないことについて

古美門が電車で老人に席を譲らなかったことについて、 古美門と黛との間で口論が繰り広げられた。 2人の主張を要約すると以下のようになる。

古美門「君は一見若く見える私に対して、 例えば重度の心臓病の可能性を考慮したのか?(Ne)
また、 この老人は年季の入ったスポーツクラブのバッグ(Si)を持っており、 そのスポーツクラブが次の駅にある(Si)。
なのであえて譲らなかった(Ti)」

黛「次の駅で降りない可能性もあり(Ne)、
つまりあなたの意見は根拠薄弱な推測(Ti-Ne)に過ぎない。
だから席に座りたいか聞くべきだった。
その手続きこそが重要で(Si)、
暗黙のルールとされる手順を踏むこと自体がマナーである(Si-Fe)。」

注目すべきは2点ある。
1つは、 古美門の主張と黛の反論のどちらも同じ心理機能(Ti-Ne-Si-Fe)を使用しているということ。
 もう1つが、 NeとSiのバランスがある程度保たれてることだ。 ここからは主機能と劣等機能というよりも、 補助機能と代替機能とのバランスが見て取れるということだ。 つまり、 NeとSiを情報源としつつ独自の見解を導き出すというプロセスから、 INTPであるという根拠を覗くことができる。

裁判のプロセス

裁判のプロセスにおいてFe的な要素に訴えかける部分が多く見られる。 具体的には、 坪倉(被告)の美談を集める、 取調担当の悪評を集める、 マスコミを扇動する、 人権団体を焚きつけるなどがある。
 このように、 古美門は裁判のプロセスにおいて人々の感情を煽ることで有利に事を運んだ。 ここには人々がいかに感情に任せて判断を下してるかという皮肉なメッセージが込められており、 劣等機能のFeが否定的に描かれていることを示唆している。

証人を抱き込む手法

上記と同様に、 証人を抱き込む過程においてもFeに訴えかけるような手法が取られている。 具体的には、 公園の売店の店員の証言を引き出すために、 証言が人助けにつながることや、 別居中の家族と寄りを戻す材料に出来ることを餌に利用するなどした。

- 第4話 -

尊重すべきもの

この回は日照権がテーマで、 超高層マンション建設を目論む不動産会社とそれに反対する近隣住民の間で争いが繰り広げられた。 古美門が不動産会社側に、 人権派弁護士の大貫が住民側に付くことで話が展開していく。 ここでは大貫が古美門達に訴えかけた以下のセリフに注目したい。

「朝起きてカーテンを開けると降り注ぐ日の光。 干した洗濯物のお日様の匂い。 子供たちがランドセルを背負って歩く明るい小道。 彼らが大事に大事に育んできた此の街のかけがえのない日常。 私たちはただ、 それを返してほしいと言ってるだけなんです。」

上記のセリフを要約すると、
「ロクでもない不動産会社が建てるマンションの未来(Ne)なんかよりも、 これまで培ってきた住民の日常を尊重すべきだ(Si)」といった具合になる。
 補助機能と代替機能との間で揺れ動く様が描かれている。

寺田工務店と想像力

黛は、 報酬と勝利のために不動産会社のマンション建設を導く古美門に対して疑問を口にした。 そんな黛を論破するために古美門が思いついた寺田工務店にまつわる作り話に注目したい。
 作り話の内容は、 未亡人が一人で回している寺田工務店が、 亡き亭主の古くからの縁で上記の不動産会社から多くの仕事を請け負っているというものだった。
 古美門は黛に対して、 この話を聞いたことで工務店に同情し、 不動産会社が必ずしも悪であると言いきれないと考えたはずだろうと説き、 実際に黛はそのように考えてしまった。
 続けて古美門は黛の想像力の欠如と同乗の浅はかさを訴えた。 つまり、 作り話とはいえ実際に寺田工務店のような店や人々がいるかもしれず、 日照権を訴える住民に肩入れしたことを古美門は指摘した。
 ここには、 多面的視点を持つこと(Ne)が大事である一方で、 目の前の人間に同情すること(Fe)の安易さを批判するといったメッセージが込められている。

- スペシャルドラマ -

人という字

いじめが行われていたとされる学級で古美門一行が特別授業を行った際の、 古美門の「人」という字に対する見解に注目したい。
古美門曰く、 人という字は1人の人間が、両足を踏ん張って大地に立っている姿の象形文字であり、 人は1人で生まれ1人で生きていき1人で死んでいくものである(Ti)。 だから中学時代の友人や人間関係はこの先の人生でほとんど役に立たないものであり(Ti-Ne)、 それどころか、 くだらない友情と地元愛で自身を縛り付け(Si-Fe)、 自由な人生(Ti-Ne)を阻害する腐った鎖である(Si-Fe)と主張する。
 ここで重要なのは内容の是非ではなく、 何に重点を置いているかという点である。
 古美門が重点を置いているのは、 個人が自立すること(Ti)と自由な未来(Ne)であって、 過去から続く(Si)人のつながり(Fe)は否定されるべきものであるとしている。

いじめの正体

古美門が法廷で語ったいじめの正体についての見解に注目したい。
 古美門曰く、 いじめの正体として加害者生徒や教師を挙げるのは本質ではない。 なぜなら、 いじめは教室で起きた(Si)が、 それは職員室、 会社、 家庭などあらゆる所に存在し得るもの(Ne)であるからである。
 いじめの正体とはすなわち、 多数派を正義とする同調圧力(Fe)であると主張した。
 実例(Si)と可能性(Ne)から独自の見解を見出す(Ti)といった具合に、 実にINTP的な思考プロセスを辿っていることが窺える。


category:FICTION

管理人:tosh
問合せ:mbtitosh@yahoo.co.jp

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